”利己的な遺伝子”その1

前々から読んでみたかった本です。生命科学系の端くれとして読まなアカンと思ったので思い切って読みました。高校生物の遺伝やDNAの単元が分かっていれば読み進められる本だと思います。この本の中心テーマは、「生物とは利己的な遺伝子が自らの繁栄のために作り上げたビークル(乗り物)にすぎない」です。

  • 生物が行う利他的行動をどう解釈するか

利己的な遺伝子」のヴィークルである生命体が利他的行動を示すのは一見して矛盾しているように思われます。人間に限らず利他的行動を示す生物はたくさんいます。例えばある種の鳥はタカが自分たちの群れに接近しているのに気がつくと声を出して警告しますし、あらゆる種の生物で親が子に利他的行動をすることが知られています。しかし、親が子に示す利他的行為というのは遺伝子の観点に立てば利己的な行為なのです。

ある一つの遺伝子(例えば目を青くする遺伝子)を親が持っているとします。そうすると50%の確率で子供も全く同じ遺伝子を持っているのです。親が子を命がけで外敵から防衛するという行為は、親と子が同じ遺伝子を持っている場合に限り(子の持つ遺伝子の半分は父親からもう半分は母親からきているので、あなたの子供の遺伝子の半数はあなたの遺伝子と同一です)、親が持つある遺伝子(例えば目を青くする遺伝子)が子の中にある同じ遺伝子(同じく目を青くする遺伝子)を命がけで守っていることになるのです。

親が子を守るというのは遺伝子の立場に立てば自己防衛にほかならず、利己的行為なのです。

  • 群淘汰かそれとも個体淘汰か?

利己的な遺伝子達が生物というヴィークルに乗って生存競争をしているということが事実だとして、その競争は個体間で行われているのでしょうか、それとも同種の個体からなる群れの間で行われているのでしょうか?
 別の言葉でいえば自然淘汰は個体に作用するのでしょうか、それとも群れにさ応するのでしょうか?

群淘汰というのは自然淘汰が生物の群れに作用するという考えで、個体淘汰とは個体に作用するという考えです。群淘汰の考えに従えば、その動物の群れ全体の繁栄が最大になるような方向に進化が進むはずです。しかしそうはならないので群淘汰の考えは棄却されます。以下になぜ群淘汰が間違っているのかを説明します。

ある鳥の種(仮にツイ●ター鳥とします)には、攻撃的なタカ派と争いを好まないハト派の二タイプがいます。攻撃的な性格をつくる遺伝子と平和的な性格をつくる遺伝子の二種類があるということにします。*1。たくさんの利己的な遺伝子がツイ●ター鳥というヴィークルに乗り込んでいます。*2ツイ●ター鳥が持つこれらの利己的な遺伝子達の集合は自らの繁栄のために競争するわけですが、二つの戦略が考えられます。まず一つはツイ●ター鳥全員が一つのチームを形成して他の種類の鳥(例えばフェースブ●ク鳥)と競争するというものです(群淘汰)。もう一つはツイ●ター鳥の群れの中でも競争をしていくとい戦略です(個体淘汰)。

鳥が二羽エンカウントすると自動的に対戦がはじまることにします。そして勝者は50点、敗者には0点、重症者にはマイナス100点が与えられるとします(もちろんこれは任意の数字であって現実の事象を単純化するためのモデル化に過ぎません)。

まずはハト派の鳥だけで構成された群れを考えます。

ハト派同士が出会うと、どちらが引き下がるまで長いにらみ合いや儀式的な試合が続きます。勝者も敗者も戦いによって傷を負うことはありません。この場合、勝者は50点を手にしますが時間を浪費したので10点ペナルティを受けて差引40点の得点を得ます。一方敗者は時間を浪費したペナルティ10点を負わされます。勝率が5割だとすると、ハト派の鳥の期待値は(40+(-10))÷2=15点になります。

この平和な群れにタカ派の鳥が一羽だけ侵入してくるとどうなるでしょうか?

今度はタカ派ハト派の戦いが起こります。この場合、タカ派は必ずハト派に勝利します。タカ派の鳥は常にプラス50点を獲得するので、平均して15点(タカ派の存在を考えれば15点以下になりますが、ハト派の方がタカ派よりも圧倒的に多いので考慮に入れません)しか獲得できないハト派の鳥に比べて圧倒的に優位です。

優位なタカ派自然淘汰によって数を増やしていきます。

タカ派ハト派を完全に駆逐してしまえば、タカ派同士の戦いしか起こらなくなります。タカ派同士の戦いでは敗者は重傷を負うのでマイナス100点、勝者はプラス50点を獲得します。ここでも勝率を5割とすれば、得点の期待値はマイナス25点です。

ここで最初の問題「群淘汰か個体淘汰か」に戻ります。群れとして最高の状態は群れの中の鳥が全てハト派である場合で、平均得点は+15点です。もし群淘汰(群れ全体が最高の利益を得るように進化が起こる)が正しいとすれば、時間がたてばタカ派の鳥は全て淘汰されハト派の鳥だけで構成される群れができるはずです。*3

しかし、そうはならないのです。

タカ派ハト派の比率は7:5になりそこで安定します。このときの平均得点は6.25で、全てがハト派である場合の平均得点(15点)よりも遥かに低いのです。

なぜ全員がハト派にならないかと言えば、ハト派が大多数の状況ではタカ派が大量の得点を得ることができる(先ほど説明したように、ハト派の平均得点15点に対してタカ派は50点もの平均得点を得ることができます)ため、「全員ハト派でいることによって全員の平均得点を最大化する」という規則を破って自分だけタカ派になる誘惑が大きすぎるからなのです。*4しかし7:5の比率ではタカ派である利益はそこまで大きくないためこの「裏切り」を食い止めることができます。

結論としては、「個体それぞれが自分の利益を最大化できるように進化が進行する」とした個体淘汰が正しく、「群れ全体が最高の利益を得るように進化が起こる」と主張する群淘汰は誤っていることになります。

ということは、我々人類には皆が自分の利益を最大化するようにふるまう社会以外の選択肢は無いのでしょうか?長くなりそうなので次回に続く。

*1:もちろんたった一つの遺伝子が性格のような複雑な表現型をつくることは無いと思われます。

*2:もちろん全てのツイ●ター鳥が全く同じ遺伝子を持っている訳ではなく、平和的なものもいれば攻撃的なものもいるし、目の青い個体もいれば赤い個体もいます。様々な個体差を持つツイ●ター鳥という種全体が持つ遺伝子の総体と考えてください。

*3:実はタカ派1:ハト派5の時に平均得点が最大になるのですが、それは考えないことにします

*4:これは比喩です。タカ派二なるかハト派になるかは遺伝子によって決定されるので「タカ派になる」ことはできません。正しく言えば「タカ派ハト派に比べて圧倒的に有利なため、自然淘汰によってタカ派が数を増やす」となります。