ユン・チワン ”ワイルドスワン”

 著者の祖母が北洋軍閥のシュエ将軍の妾となってから彼女の一族がたどった運命を描いたノンフィクション。辛亥革命日中戦争国共内戦そして毛沢東による大躍進と文化大革命に至るまで中国の動乱に満ちた近代史に翻弄されながらも一族の絆を保ち続けた家族の姿に圧倒された。

 冴えない地方公務員の曾祖父は祖母を北洋軍閥の妾とすることで時勢に乗り自らも愛人を囲い曾祖母につらく当たる。妾にしては信じられない程豪勢な結婚式を将軍に挙げてもらい舞い上がったのもつかの間、将軍が建ててくれた故郷の豪邸で何年も将軍の帰りを待つうちに自分は全国に何人も囲われている現地妻の一人にすぎないと悟る祖母。シュエ将軍との間に母(夏徳鴻)が産まれる。

 シュエ将軍の死後は夏先生という医者の正妻として迎えられるが夏先生の親族は祖母につらく当たり、ついには自分の遺産が侵されるのを恐れた長男が抗議の自殺をしてしまう。それでも祖母への愛を貫いた夏先生は財産を一族に残して祖母とともに錦州で一から生活をスタートさせる。極貧の中から始まった生活だったが医師としての仕事ぶりを認められ徐々に人並みの生活ができるようになっていく。

 日本軍の撤退後、短期間のソ連軍による占領を経て国民党の支配がはじまる。十代後半の女学生だった母の眼に映ったのは、飢えに苦しむ庶民を片目に毎晩ぜいたくの限りを尽くす国民党の幹部たちだった。次第に母は共産党の活動に加わるようになっていく。1948年9月12日になると、「農村から都市を包囲する」戦略を採って来た共産党がついに錦州へ一斉攻撃を開始、錦州は陥落した。

 錦州の周囲でゲリラ活動を指揮し、錦州陥落後は共産党の幹部として市の宣伝部長に就任したばかりの父と母は、父が28歳、母が18歳の時に結婚した。このころから母も共産党の仕事を始めるようになる。当時の中国の都市では「単位」と呼ばれる職場と相互監視の目的を兼ねた組織に所属することが義務づけられていた。母の単位である婦女連合会のメンバーは母の事を良く思わず、実家に帰れば「ブルジョワ的慣習」、結婚式のために会議を中座すれば「革命よりも恋愛を優先させた」として母を非難し続けた。1949年の夏、蒋介石の軍勢を破って南進する共産党勢力に加わり、「噂と悪意に追われるようにして」父と母は錦州を後にした。

 父の故郷四川省イーピンまでの道のりは想像に絶する苦難に満ちていた。父は党内での階級が高いためジープに乗ることができたが、母の階級では徒歩で移動するしかなかったため何度も母は父に車に乗せて欲しいと頼んだが、身びいきを嫌う厳格な共産主義者である父はこれを頑として認めなかった。また、当時はまだ道中に国民党の残党がいて散発的な戦闘も発生していたので、父と母の一行は武装して大陸を横断した。あまりにも過酷な長征で体を壊した母は、途中立ち寄った南京で流産してしまう。母は離婚を申し出るが、経血で汚れた母の衣服を洗濯するという当時の男尊女卑的な中国ではおよそ考えられない行動で謝罪を示した父を見て考えを変える。

 1952年にイーピンで著者ユン・チアンが誕生した。著者は共産党の高級幹部の娘として何不自由ない生活を送るが、文化大革命によって両親が走資派として紅衛兵による弾圧を受けるようになると様々な困難に直面し、同時に家族の絆も強まっていく…。