カポーティの"In cold blood(冷血)"を読んだ

 「ティファニーで朝食を」で有名なトルーマン・カポーティのノンフィクションノベル。映画「カポーティ」を観たあと原書を衝動買いしたんですが、「ティファニーで朝食を」に挫折して以来勝手にカポーティの文体を苦手だと思い込んでいたので積読として放置しておりました。ところがある日パラパラめくってみると意外に読みやすく内容も超重厚でハマってしまいました。実際にカンザス州で発生した農場主一家惨殺事件に興味を持ったカポーティが綿密な取材を重ねて完成したのが本作で、その後のジャーナリズムの流れを変えたと言われています。

 クラッター氏はカンザス州の田舎町に暮らす富裕な農場主でアイゼンハワー大統領の農業委員会のメンバーも務めた程の名士だったが、1959年11月16日にクラッター氏をはじめ同居していた家族全員が変わり果てた姿で発見され、小さな田舎町は疑心暗鬼に満たされていく…まず疑われたのは殺害された三女ナンシーのボーイフレンドで、クラッター一家とは宗教が異なることを理由にクラッター氏に結婚を許可されないことが動機と考えられた。KBI(カンザス捜査局)のデューイー捜査官の必死の捜査にもかかわらず、事件は迷宮入りするかに思われたが、ウェルズという受刑者からもたらされた情報が糸口となって事件は急展開を見せる。

 ウェルズはかつてクラッター氏の農場で働いた経験があり、刑務所で同じ房に収監されていた男にその話をしたことがあったのだ。その男(ディック・ヒコック)はクラッター氏が書斎に金庫を置いているという話に興味を持ち、出所したらクラッター家に強盗をする計画を語っていた。ウェルズは冗談だと思っていたが、11月のある日にラジオのニュースでクラッター氏が惨殺されたことを知り、悩んだ挙句看守に話すことを決意する。

 事件発生から1カ月以上たった12月30日にディックと共犯者のペリーは逮捕される。ディックは普通の家庭に育ち、高校卒業後は大学進学の話を経済的事情から諦めてブルーカラーの仕事をしていた。一度の離婚歴があり子どももあった。

 一方のペリーはアイルランド人と先住民の間に生まれたが両親はすぐに離婚。父親に働かされて他の兄弟のように教育を受けられなかったことに不満を持っていた。母親はアルコール中毒死、兄は自殺しており、生きている父と姉には拒絶されていると思い込んでいた。非常に幼い性格で、歌手になったりメキシコで財宝探しをする事を本気で夢想していた。一方で突然キレて暴力的になることもある非常に不安定な性格であった。

 当初、大胆不敵で行動力があるディックが事件の主犯格とみなされ、優柔不断で幼いペリーは刑務所で知り合ったディックの計画に巻き込まれただけだと思われていたが、ディックの前でタフガイぶりたいペリーが衝動的にクラッター氏を殺害したことを皮きりに一家全員が惨殺されたという衝撃的な事実が明らかになる。

 長々と書きましたがかなり端折ってます。そのくらい圧倒的な量の事実描写があります。愛に飢え社会に対するフラストレーションを溜めこんだペリーにカポーティが自分を重ねていたことは明白で、映画「カポーティ」でもかなり強調されていました。

 個人的にとても興味を引かれたのが1950年代のアメリカの司法システムに関する描写です。ペリーの家族は誰も裁判の傍聴に来ないのですが、事件を知った軍隊時代の友人がわざわざ証人としてやって来てくれます。しかもこの友人が三人の子を持つハーバード卒のエンジニアだったため、家族さえも証言してくれないペリーにこんな立派な証人が現れると思っていなかった裁判関係者は驚きます。当時ペリーは裁判を受けるために町の保安官夫妻が住み込みで管理する拘置所に収監されていたのですが、家族に見放されたペリーを哀れに思った保安官夫人が、わざわざ証人としてやって来てくれたペリーの友人を料理でもてなす事を決めます。七面鳥、グレイビーソース、マッシュポテト、チェリータルト、アスピック(肉汁のゼリー)サラダというメニューをペリーとその友人に振る舞い、なんと二人は鉄格子越しに一緒に食事を共にするのです。こんなアットホームな司法制度があったんだ〜と仰天してしまいました。唯一の超大国として繁栄を謳歌する1950年代アメリカの余裕のなせる技なのか、はたまたキリスト教的隣人愛のなせる技なのか分かりませんがとにかく凄い、と思ってしまいました。

英語の勉強としてももちろん、内容的に素晴らしいので超おススメです。

原書

 
翻訳(2005年に新約が出たみたいです)