"寄生虫のはなし"

 僕が通っている医大の三年次には学生に恐れられている授業が二つある。一つは解剖学Ⅰ。ドSで学生想いの先生方が作成する学生の張ったヤマを完全に外したテストゆえ、テスト開始後すぐにため息が教室中から漏れたりする。そしてもう一つが寄生虫学である。

 43年にわたって寄生虫学を大学で教えたアメリカ人教授による本書は、一般読者向けの体裁をとっているけれど医学生が読んでも読みごたえがある。気持ち悪い者に魅了されるのが人間の性なのは目黒寄生虫館がカップルたちで盛況なのを見れば明らかだし、庭の片隅の湿った岩をひっくり返して突然白日のもとに曝されて蠢く節足動物に見入った経験はみんな持ってる。この本はそういうキモい物見たさの好奇心も満足させつつ、本物の知識も得られる非常にバランスの良い科学読み物じゃないかなと思った。実際、寄生虫学で勉強した知識の7割くらいが本書でも触れられてる。ということは医学部の寄生虫学の講義で得られる知識と遜色のないものをこの本から得られるということ。

 びっくりしたのは、アメリカのメディカルスクールで寄生虫学を必修にしていない学校が半数もあるということ。ヒトやモノや金だけでなく寄生虫グローバル化でボーダレスに移動できるようになった上、気候変動によって熱帯に多い危険な虫が北半球で橋頭保を築くのは時間の問題だと思う。その橋頭保に最初に接触するリーコン部隊が現場の臨床医だと考えれば、日本の医学部でトリパノソーマ(アフリカや南米にいる危険な寄生虫、アフリカトリパノソーマが中枢神経に侵入すると「このまま眠り続けて死ぬ」)を教えて厳しいテストを課すというのも納得できる。でも留年者を出すのはやめてね、A先生。